小さなロシェルとのお話。


ある日起きたら、ロシェルが小さくなっていた。

詳しい原理はよく分からないが、不思議な効果で一時的に小さくなってしまったらしい。
この状態はせいぜい一日程度で、明日にはもとに戻っているだろうとのこと。

難儀なのは、体が小さくなったとともに記憶も当時のものになってしまっているということだった。
つまり、今のロシェルは私と初対面。どう接していいものかと考えていると。

「……」

ロシェルは突然のことにも慌てる様子を見せない。
ひとしきりあたりをゆっくり見まわした後、私の傍まで歩いてきた。

「すみません。ここはどこですか?ぼく、お父様お母様といっしょにいたんですがはぐれたみたいです」

この幼いロシェルはついさっきまで両親と一緒にいたらしい。
両親とはぐれたうえ、突然見知らぬ場所にいるのに、こんなに落ち着いていることが驚きだ。

「ここはヒューミニア城よ」
「ヒューミニア?にんげんの国の……?」
「ええ」
「……」

ラームロウとは違う国だと聞いて、さすがにロシェルにも少しだけ不安そうな表情が見えた。
手にしていたひつじのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

安心させるため、しゃがんでロシェルの目線に合わせて話をする。

「私はイヴリンというの。あなたは?」
「…ぼくは、ロシェル。ロシェル・ガーベルハイドです」
「よろしくね、ロシェル。きちんと名前が言えてえらいわね」

そう言って頭を撫でると、少し安心したのか表情が穏やかになる。

「お父様たちがお迎えにきてくれるまで私と一緒に待ちましょうか」
「…いいんですか?」
「もちろんよ」
「ありがとうございます、お姉さん」

そう言って、ロシェルはやわらかく笑ってくれた。
あまりの可愛らしさにしばらく言葉が出なくなってしまう。

「あの……?」
「あ、い、いえ、なんでもないのよ。しばらく城内をお散歩しましょうか。行ってみたいところはある?」
「お姉さんにおまかせします」
「あら、そう?じゃあ、庭園にでも行きましょうか。今の季節は特にたくさんのお花が咲いてるわ」

私は幼いロシェルをつれて庭園を散歩することにした。



+++



「すごいです。本当におはな、たくさんあります」

どうやら庭園の花を気に入ってくれたようで、ロシェルの瞳はきらきら輝いている。

「ロシェルは花が好きなの?」
「今、まほう薬のざいりょうになるおはなのこと、べんきょう中なんです。だからたくさん見れてうれしいです」
「ふふ、そうなの。それは良かったわ」
「ラームロウにないしゅるいがいっぱいある……」

ロシェルは熱心に花を観察し始めた。
花が好きというよりも、魔法を勉強することが好きなのだろう。

「ロシェルは魔法の勉強が好きなのね」
「はい、すきです。おおきくなったらお父様やお母様みたいな魔導士になりたいです」

ロシェルは小さな子供にしてはとても落ち着いた口調だけど、魔法のことや両親のことを語るときはとても嬉しそうだ。
魔法が好きで、魔導士である両親のことをとても尊敬していて大好きなのが伝わってくる。

「ええ、きっとロシェルならなれるわ。お父様たちのこと大好きなのね」
「はい」
「それなのに、はぐれてしまっても泣かないなんてえらいわ」
「泣かないです。お父様とお母様はすごい魔導士ですから、ぼくのこともすぐみつけてくれます」
「…そうね」

少しは不安な気持ちや寂しい気持ちもあるだろうに、両親のことをきちんと信頼して待っている。
その様子がとても健気で可愛くて、だから余計に切なくなった。
幼い彼が大好きな両親は、いずれ……

「…お姉さん?どうしたんですか?」

気が付いたらロシェルのことを抱きしめてしまっていた。
驚いたロシェルの、戸惑う声が聞こえる。
私が悲しんだところでどうにもならないし、目の前の幼い彼を戸惑わせてしまうだけだ。

「突然ごめんなさい、なんでもないの」
「……」

自分ではにっこり笑顔を作ったつもりだったけれど、うまく笑えていなかったのかもしれない。
ロシェルの表情はどこか心配そうだ。

「あの、このぬいぐるみ、ぎゅってしてください」
「え?」

ロシェルが大事そうにずっと持っていたふわふわの羊のぬいぐるみ。
そのぬいぐるみを私に差し出してくる。

「ぼくが泣いてるときにお母様がくれたんです。げんきのでるまほうがかかってるって言ってました。だからぎゅってしてください」
「ロシェル……」

やはり心配してくれているらしい。
一生懸命私を慰めようとぬいぐるみを差し出してくる健気な姿を見て、胸があたたかくなる。
成長したロシェルも、私を慰めようとぬいぐるみをくれた。あのぬいぐるみは今も大事にしている。
幼い頃からロシェルはとても優しい。

「ありがとう、ロシェル」
「わ……」

ぬいぐるみではなく、私はロシェルを抱きしめた。
驚いたロシェルが小さく声を上げる。そんな様子も可愛くて仕方がない。

「こうやってロシェルを抱きしめていると元気が出るわ」
「そう、なんですか…?」
「ええ、とっても」
「じゃあ、お姉さんのげんきがでるまでずっとこうしてます……」

そう言ってロシェルも私に抱きついてきた。心を許して甘えてくれているようで嬉しくなる。

「…ほんとうはちょっとだけ不安でした」
「え?」
「お父様とお母様とはぐれて……」

ぽつりとつぶやくように言われた言葉。それは当然だろう。
いくら両親のことを信頼していると言っても、離れて不安に思わないわけがない。

「でも、お姉さんといっしょにいるとたのしいです。不安、なくなっちゃいました」
「そう……そんな風に思ってくれて嬉しいわ」
「なんだかお姉さんは……ぼくにとって、とくべつなひとのような気が、します」
「特別な人?」
「はい……ふしぎなかんじです。いっしょにいるとあったかくてうれしいです」

記憶が幼い頃に戻っても、私への気持ちはどこかで覚えてくれているのかもしれない。

「私にとってもあなたは特別な人よ」
「そうなんですか?」
「ええ。もちろん」

きっと私の言っている意味はよく分かっていないのだろうけど、ロシェルは嬉しそうに微笑んでくれた。
その笑顔は、大人のロシェルを思い出させてくれる。

私は気のすむまで小さな可愛いロシェルのことを抱きしめ続けたのだった。