小さなティルツとのお話。


ある日起きたら、ティルツが小さくなっていた。

詳しい原理はよく分からないが、不思議な効果で一時的に小さくなってしまったらしい。
この状態はせいぜい一日程度で、明日にはもとに戻っているだろうとのこと。

難儀なのは、体が小さくなったとともに記憶も当時のものになってしまっているということだった。
つまり今のティルツは私とは初対面だ。幼い子供は人見知りする子も多いし、すぐ打ち解けてくれるか心配……

「お姉ちゃん、だれ?」

大きな瞳で私を見上げながらそう聞いてくるティルツ。
その表情は好奇心に溢れていて、小さなしっぽはパタパタと揺れていた。
……どうやら余計な心配だったみたいだ。

「私は名前はイヴリンよ、よろしくね」
「うん、よろしく!いぅ…い、いぶ……イヴリンお姉ちゃん!」

舌ったらずな声で一生懸命名前を呼んでくれるのを見て、たまらない気持ちになる。
なんて可愛いんだろう。

「えっとね、おれはティルツ!」
「ええ。よろしくね、ティルツ。ちゃんと名前言えてえらいわね」
「えへへ」

褒めて頭を撫でてあげると、ティルツは嬉しそうに笑った。
人懐っこくてとても可愛い。

「お姉ちゃん。ここどこなのかなー?おれ、さっきまでおうちの庭であそんでたんだよ」
「ここはヒューミニア城よ」
「ひゅーみにあ?聞いたことある!えっと……なんだっけ?」

子供らしくくるくる変わる表情に癒される。今、自分の顔はニヤけていないだろうか。
気を付けないとだいぶだらしない顔になっていそうだ。

「ティルツ。今日は一日、私と遊んでくれないかしら?」
「え?お姉ちゃんと?」
「ええ、嫌?」
「ううん!そんなことないよ!あそぼー!何してあそぶ?」

さっきまでここはどこなのか気にしていたのも忘れて、ティルツは無邪気に笑う。
私としてはとても助かるが、こんなに警戒心がなくて誘拐とかされなかったのだろうかと心配になる。
今心配してもどうしようもないことだけど。

「ティルツは何がしたいの?」
「うーん、えっとね……じゃあ、たんけんしたい!」
「探検?」
「見たことないのいっぱいあるから!わぁ、あれ何かなー?」
「こ、こら、勝手にひとりで行っちゃだめよ」

今にも走り出しそうなティルツの手を握る。
幼い子供の小さくてやわらかい手だ。私の手で握るとすっぽり包まれてしまう。

「危ないから手をつないで行きましょうね」
「うん!」

ティルツはまったく嫌がったりせず、むしろ満面の笑みで頷いてくれた。
しっぽが勢いよく揺れている。本当に人懐っこくて可愛い。

ティルツと手をつないで、ヒューミニア城の周辺を散策することにした。



+++



(ちょっと目を離した隙にあんなところに……)

幼いティルツは好奇心旺盛な子犬そのもので、ちょこまかとせわしなく動く。
そのため、目を離さないように気を付けていたのに。いつのまにあんな場所に。

「わ〜、すごい!たかいよ、お姉ちゃん!」

木の上に登ったティルツは嬉しそうに手を振っている。
ああ、そんなことしたら今にも落ちそうだ。怖い。

「ティルツ、危ないわ。早くおりてきて」
「うん!ちょっと待っててね」

ティルツは元気よく返事をして、木から降りようと足をかける。
その時。

「わあっ!?」
「ティルツ!!」

足を滑らせたティルツの体が投げ出される。
反射的に受け止めようと手を広げ、ちょうどその場所にティルツは落ちてきた。
勢いが強くて踏ん張れず、抱き留めたまましりもちをついてしまう。

(痛……思いっきりお尻打ったわ)

小さい子供とは言え、落下のスピードで勢いがついていたし、踏みとどまることができなかった。
ティルツはびっくりして固まってしまっているが、見たところ怪我はなさそうだ。

「ティルツ……危ないことしないで。私と手をつないでてって言ったでしょう?どうして守れないの?」
「え……!?」

思わず少しきつい口調で言ってしまってから、しまった、と思った。
ティルツはきっと……

「う……っ、ふぇ、ご、ごめんなさい…お、怒んないでぇ……ぐすっ」

ついこの間まで怒られ慣れてなくてちょっと私が起こった声を出すと泣きそうになっていたくらいだ。
この幼いティルツが怒られ慣れているわけがない。
ティルツはごめんなさい、と何度も言いながら泣き続けている。

「はぁ……もう、泣かないで。怒っているわけじゃないのよ」

泣きじゃくるティルツを抱きしめて、優しく声をかける。

「ほ、ほんと?」
「ええ、本当よ。ティルツが危ないって思ったから私もびっくりしてしまっただけなの」
「びっくりしたの?」
「すごくびっくりしたわよ。だってティルツが怪我をしたら私は悲しいもの。もう危ないことはしてほしくないわ」
「う、うん……ごめんなさい。もうしないよ。お姉ちゃんの手、ずっとはなさない!」

私が怒ってないことがわかると、ティルツはやっと泣き止んでくれてそのまま抱きついてきた。
心配をかけられたことも、この可愛さを前にすると忘れてしまいそうになる。

「あ……お姉ちゃんは、けがしてない?」
「ええ、大丈夫よ」

正直、まだお尻が痛いけれど大したことじゃない。ティルツに気を遣わせるようなことは言いたくない。

私たちは立ち上がって、再びしっかり二人で手をつないで探検の続きを楽しむのだった。



+++



「ねぇ、お姉ちゃんとあそべるのって今日だけなの…?」

もう日も傾いてきて夕方になった頃。寂しそうな表情でティルツがそんなことを聞いてくる。

「そうね。今日でしばらくお別れね」

今の幼いあなたとは。
なんて言っても通じないだろうから、それは言わずに返事をする。

「やだ……おれ、ずっとお姉ちゃんといっしょにいたいよ……ぐすっ」

涙声でそうつぶやいたティルツは、つないだ手にぎゅっと力をこめる。
もう離したくないという意思表示のように。

「ティルツは泣き虫ね」
「だってぇ……」
「今はお別れだけど、また会えるわ」
「ほ、ほんと?」
「ええ、本当よ」
「……」

そう言ってもティルツはまだ寂しそうだった。

「お姉ちゃん」
「どうしたの?」
「つぎに会ったとき、おれとけっこんして?そしたらずっといっしょにいられるよね?」

けっこん……「結婚」。
まさか幼いティルツからそんなことを言われるとは思ってなくて少しの間固まってしまう。

「お姉ちゃん……?」
「…ふふ。ええ、いいわよ。次に会った時、ティルツが勉強のできる素敵な男性になってたら結婚しましょうね」
「べ、べんきょう、しないとだめ?」
「あら、嫌なの?」
「うぅ……でも、お姉ちゃんとけっこんするためにがんばる!!」

苦手なことも私のために頑張ってくれようとするところは、今と同じだと思えて心があったかくなった。

少し表情の明るくなったティルツの手をぎゅっと握りなおし、私たちは夕日に照らされる庭園をゆっくりと歩いた。