小さなアルシオンとのお話。


ある日起きたら、アルシオンが小さくなっていた。

詳しい原理はよく分からないが、不思議な効果で一時的に小さくなってしまったらしい。
この状態はせいぜい一日程度で、明日にはもとに戻っているだろうとのこと。

難儀なのは、体が小さくなったとともに記憶も当時のものになってしまっているということだった。

「ここは、ヒューミニア城…?おれはいつのまに、ここに…」

アルシオンの中では記憶のつながりに矛盾があるらしく、突然ヒューミニア城にいたという状況なようだ。
とりあえず落ち着かせてやらないといけない。

「アルシィ」
「…あなたは誰だ?」

名前を呼ぶと、少し警戒したような表情で問いかけてくる。
記憶が当時のままなら、成長した大人の私のことなんて知るはずもない。
ここで自分がイヴリンだ、というとややこしくなりそうだし、別人のふりをした方がいいだろう。

「…ええと、私はイヴリンの従姉なのよ」
「いとこ?いとこがいるなんて聞いたことがない…」
「遠いところに住んでいるから普段はあまり会わないのよ。イヴリンに似てるでしょう?」

まあ、本人なのだから似ているに決まっている。
アルシオンは私の顔をじっと見て、「確かに似てる…」と少し頬を赤らめながら俯いた。
照れているのだろうか。

(いちいち可愛いわね……)

当時は、自分も子供だったからアルシオンのことを可愛いなんてまったく思っていなかったけれど、
こうやって大人になってから会うと、本当に可愛い。
今すぐ力いっぱい抱きしめたい衝動に駆られるが必死に我慢する。

「そうだ!イヴリンがどこにいるか知らないか?」
「え?い、いえ、どこにいるのかしらね……」

今のイヴリンは自分だし、この子の求めるイヴリンは幼い頃の私だ。
どうやって誤魔化そうかと考えていると。

「あいつはあぶなっかしいから、おれが見ていてやらないと……」

アルシオンはとても不安そうな顔でそう呟く。
こんなに心配をかけていたのかと思うと、少し申し訳なくなった。

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。きっとそのうち……」
「あなたは知らないからそんなことが言えるんだ!この前なんて木に登って落ちてドレスをボロボロにしてたし…
 無傷だったのがきせきだ」
「そ、そうなの?」
「ああ。あと目をはなしたすきに川のさかなをつかまえようとして落ちてずぶぬれになったり…」
「……」
「あのあと、おれだけではひきあげられなくて使用人を呼んでおおごとになってしまった」

そんなことあっただろうか。
確かに昔の私はとてもお転婆だったと思うが、自分の記憶にある以上に周りに迷惑をかけていたようだ。
それだけ事件をおこしていたら、アルシオンが心配するのも当然だろう。

(ごめんなさい、アルシィ……)

心の中で謝っておく。

「どうしよう……イヴリン、どこに行ったんだ……」

不安でいっぱいなのか、アルシオンの顔が泣きそうにゆがむ。
泣くのは我慢しているようだが、目に涙が溜まっている。

「やっぱり心配だから、さがしに行ってくる」
「え、ちょっと待ちなさい!」
「なんだ?」
「えっと……」

心配で居ても立っても居られないのだろう。ここで引き留めるのは難しそうだ。
探してもこの子の求めるイヴリンはいないのだけど、ひとりで歩き回るのを放っておくわけにはいかない。

「私も一緒に探すわ」
「…いいのか?」
「ええ。私だって心配だもの」

私が心配なのはアルシオンのことだけれど。
不安そうにしていたアルシオンの顔が少しだけやわらぐ。

「…ありがとう」

少しはにかんでそう言ってくれたアルシオンが可愛くて、また抱きしめそうになったけど頑張って我慢した。



+++



「あなたはイヴリンと幼馴染なんでしょう?そんなに心配するなんて仲がいいのね?」

イヴリンを探すという名目で、アルシオンと一緒に城の中を歩いている最中。
不安そうにしているアルシオンの気を紛らわすために、そんなことを聞いてみた。

「イヴリンのことはうまれたときから知ってるからな。おれのほうが年上だから面倒見てやらないといけないというだけだ」
「そうなの?えらいのね」

そう褒めるとアルシオンは照れくさそうに顔をそむけた。
確かにアルシオンの方が私より二つ年上だ。兄のような気持ちでいてくれたのだろうか。
でも以前、私への気持ちを聞いたときに昔から好きだったと言っていた。いつからそういう気持ちになったのだろう。

「でも彼女はお転婆だから大変でしょう?」
「それは、もちろんものすごく大変だけど……」

やっぱり心配そうな、それでいてちょっと疲れたような顔で頷くアルシオンを見て、再び申し訳ない気持ちになってくる。

「あなただけがそんなに責任を負う必要はないでしょう?きっと誰か使用人がついていてくれるわよ」
「それは、そうだろうが……その」
「…?」
「……いっしょにいたいから」

顔を赤くしてつぶやく。この頃のアルシオンはもしかしてもう既に私のこと……?

「イヴリンのことが好きなの?」
「…!!」

別にそんなこと今聞かなくても良かったかもしれないが、好奇心が勝ってしまった。
アルシオンはさらに顔を真っ赤にして、口をパクパクさせている。ちょっと意地悪な質問だっただろうか。

「…ああ、すきだ」

ぽつりと、でもはっきりとそう言った、その言葉に私は一瞬固まってしまう。

「イ、イヴリンは将来おれのきさきになるんだ!そう決めてる!」

どうやら彼はまだ私に振られる前らしい。
王様と女王様になるんだから結婚できない、と幼い私がばっさり切って捨てるはず。
今目の前にいるアルシオンはただイヴリンのことが大事で好きで仕方なくて、将来もずっと一緒にいたいと純粋に思っている。

「このことはまだ誰にも…イヴリンにも言ってないことだ。だから…」
「…ええ、もちろん。内緒にしておくわ」

きっと本当に誰にも言っていないことなんだろう。
アルシオンは恥ずかしそうにしている。

「そんな大事なことを私に教えてくれて嬉しいわ」
「あ、ああ。なんだか……あなたとは、はじめて会った気がしないから」

アルシオンの赤い大きな瞳がじっと私を見つめる。
まさか私がそのイヴリン本人だとはまったく思っていないだろうけど。

「イヴリンも…おとなになったら、あなたみたいに美しくなるんだろうか」
「あら、褒めてくれてるの?ありがとう。きっとあなたの好きな彼女も大人になったら綺麗になるわよ。楽しみね?」

そう言って微笑みかけると、アルシオンは顔を赤くして頷いた。



+++



そのあとも他愛ない会話をしながら城内を歩いた。
でも当然彼の探すイヴリンはいない。
歩き疲れて眠ってしまったアルシオンを抱きながら部屋へ戻る廊下を歩く。

「イヴリン……」

夢の中でまで幼い私を探しているのだろうか。どこか寂しそうな声で名前を呼んでいる。

「もうすぐまた会えるわよ、アルシィ」

この不思議な出来事は一時的なもの。明日にはもとに戻っているだろう。
そうしたら今度は「イヴリン」としてちゃんと会える。
昔あんなに迷惑かけていたことを思うと、いつもより少し優しくしてあげたい気持ちになる。

腕の中で眠る幼いアルシオンの頭を撫でながら、私たちの部屋に戻ったのだった。